あれから1年。全部できるようになったわけではありませんでした。
1歳半で言葉を失った息子は、いま小学1年生です。「折れ線型自閉症 予後」——5年前、夜中に何度もこの言葉で検索しました。出てくるのは「重度になりやすい」「予後は厳しい」という文字ばかりで、読むたびに沈みました。
だから今日は、5年前の私が読みたかったものを書きます。「治った」でも「だめだった」でもない、いまの息子を、そのまま。
変わったこともある。変わっていないこともある。条件が変われば、できるかもしれないこともある。それが、わが家の5年目の答えです。
5年間を1枚で
| 年齢 | 出来事 |
|---|---|
| 1歳半〜 | 「うん/ううん」が逆に。呼んでも振り向かない、指さしが消える、「どうぞ」が消える、そして言葉が消えた |
| 2歳7か月 | 自閉症と診断 |
| 2歳8か月 | 家庭でABAを始める |
| 2歳11か月 | 1回目の発達検査(遠城寺式)DQ69 |
| 3歳〜 | 3つの園に断られ、加配つきで入園 |
| 5歳5か月 | 2回目の発達検査(田中ビネー)IQ35 |
| 5歳 | 幹細胞治療(2025年7月) |
| 6歳 | 通常級+支援で小学校へ |
| いま | 夜中に「ママ」と呼ぶ。パウパトロールの名前を言い合う |
▶ 退行の始まり → 折れ線型自閉症に気づいたきっかけ
▶ 検査の日のこと → 自閉症の発達検査に付き添った日
年長の検査で難しかったこと、いまはどうか
5歳5か月の田中ビネーで、息子が難しかった課題があります。1年たったいま、どうなっているか。正直に並べます。
| 年長の検査で難しかったこと | 1年後の現在の見立て |
|---|---|
| 色で分ける(同じ白い箱2つに「赤はこっち、黄色はこっち」と言葉だけで指示) | △ まだ不安定 |
| 物の働きを言葉で説明する | × 今もできない |
| 隠した物の場所を覚える(難しい方の問題) | △ たまにできる |
| 反対の言葉を答える(速い⇔遅い など) | × 言葉だけだと難しい。絵があればできるかも |
| 「〇〇のとき、どうする?」に言葉で答える | × できない |
| 数えたあと「いくつ?」に数で答える | ○ 15より少ない数ならできる |
| 絵の足りないところを見つける | ○ 知っている動物ならできる |
※同じ課題を、正式な検査と同じ条件で再検査したものではありません。家庭での様子から、現時点での見立てを記録しています。
検査で見た「できる・できない」だけを並べると、大きく変わったとは言えません。7つのうち、はっきり「できる」に変わったのは2つ。それも「15より少ない数なら」「知っている動物なら」という条件つきです。
でも、この「条件つき」が、実は大事な記録だと思っています。知っているものなら、できる。見慣れた範囲なら、答えられる。
最初にこの表を作ったとき、私も「これで記事になるのかな」と思いました。でも、ここを隠したら、5年前の私のように夜中に検索している人に嘘をつくことになる。だから、このまま載せます。
「絵があればできるかも」が、たぶん一番大事
表の中で、ひとつだけ引っかかっている行があります。「速い/遅い」です。
検査では、言葉だけで聞かれます。「速い」の反対を、耳だけで答える。息子には、これが難しい。でも、足の速い動物とゆっくりの動物の絵を並べて見せたら、たぶん違う。
私には、息子の「できない」の多くが、「分かっていない」というより、言葉だけで受け取って、言葉だけで返すことに難しさがあるように見える場面があります。毎日の指示も同じで、「歩こう」は通るのに、「走りません」は通らない。同じ意味でも、言い方が変わると届かない。
検査の色分けも、同じでした。色ごとに分けること自体は、できたんです。でも、同じ白い箱を2つ並べて「赤はこっち、黄色はこっち」と耳だけで言われると、できなかった。
だから、わが家は5年間、目に見える形で伝え続けてきました。絵カードも、その一つです。
▶ 絵カードの使い方|「覚えたのに使えない」を越える般化の教え方
でも、検査では測れない変化があった
ここからが、同じ1年でのもう半分です。
身の回り
- トイレ:自分のタイミングで行く。「トイレ」と自分から言う
- 着替え:嫌がる日はあるけれど、できるようになってきた
- 食事:こぼすけれど、だいぶ上手になった
外で
- 電車:足をぶらぶらさせながら、どうにか乗っていられる
- 学校:座っていられる時間が、だいぶ長くなった
- 朝の会:誰が呼んでも、手を挙げて「はい」
ことば
- 「お水ちょうだい」「ジュース頂戴」「抱っこして」「布団!(寝たい)」「いらない」
- 「ペンギン!」と言って、私にペンギンの真似をさせる——「見て」とは言わないけれど、これが息子の「見て」です
- 「いただきます!」が自然に出た日、「すごいね」と言ったら、うれしそうに何度も繰り返した
- 叱られると「ごめんよ」
- 夜中に起きたとき、「ママ」と呼んだ
気持ち
- 「こうなると思っていたのに、ならない」で崩れることが、経験からだいぶ減った。泣いても現実は変わらないことを、少しずつ学んできたのだと思います
▶ 言葉や暮らしの変化を、時系列で記録した記事はこちら → 1週間〜1年の全記録
まだできないこと
- 言葉のキャッチボール(やりとりが続かない)
- 「楽しい」「嬉しい」「疲れた」「眠い」を言葉で伝える
- 友達と遊ぶ
- できないときに「手伝って」と言う
- 歯みがき(まだ支援が必要)
- 駐車場・スーパーで走り出す(声かけが必須)
- 並ぶとき、距離を保つ・急ぐ、が分からない(声かけが必須)
検査の課題は、練習すれば答えやすくなると思う。でも
元教員として、正直に書きます。
検査に出る課題を練習すれば、その課題自体には答えやすくなると思います。色分け、比較、「〇〇はどうする?」。どれも、繰り返し練習すれば慣れていく種類のものです。
でも、わが家はそれをやっていません。
この1年、私たちが練習してきたのは、トイレを自分から伝えること、朝の会で返事をすること、困ったときに泣く以外の方法を覚えること——暮らしの方です。だから、表の中の「×」は、この1年間にその課題を集中的に練習していない状態での、今の家庭での見立てです。
何を伸ばすかは、親が選んでいる。わが家は、暮らしを選んだ。テストや数値も見ます。でも、それがすべてではない。私にとっては、「トイレ」と伝えられること、「お水ちょうだい」と言えること、困ったときに少しずつ泣く以外の方法を使えること——そういう、毎日を少し生きやすくする力のほうが大事だと思っているからです。
「予後が悪い」という言葉に、いま思うこと
5年前、「折れ線型は予後が悪い」と読んだ夜、私はそれを「この子の未来は暗い」と受け取りました。
いまの私は、こう思っています。
悪いとは言わない。凸凹はある。むしろ、苦手の方が多い。でも、立ち止まっている暇はない。
5年たった今、私は「予後が良い・悪い」という一言では、息子の今を説明できないと思っています。暮らしで見れば、5年前には想像できなかった日が、いくつも来ました。夜中に「ママ」と呼ばれた夜は、どの検査にも出てきません。
5年前の、あの夜の私へ
検索しても、答えは出てきません。この子の5年後は、どこにも書いていない。私も見つけられませんでした。だから、この子の経過を、毎年ここに記録していきます。
テストや数値が、すべてではありません。それよりも大事なのは、生きやすくなる力です。
そして、あなたも記録してください。できなかったことも、できたことも。数字と暮らしは、別の物差しです。両方を記録しておけば、いつか「あの頃と違う」と言える日が、ちゃんと来ます。
来年の9月、また同じ表を作ります。
▶ 「回復」という言葉を手放した日のこと → 折れ線型自閉症に回復はある?5年以上向き合った母親の正直な答え
▶ なぜ起きたのか、を探し続けた記録 → 折れ線型自閉症はなぜ起こる?
▶ 通常級+支援を選んだ理由 → 自閉症の就学相談レポ
※本記事は個人の体験に基づくものです。折れ線型自閉症の経過は一人ひとり大きく異なります。医療・療育の判断は専門家にご相談ください。


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