1歳半健診のとき、私は息子の発達を疑ってもいませんでした。
言葉は出ていたし、絵本を指さして「パンマン」と言ったり、「どうぞ」のやり取りもできていました。保健師さんに「活発だね」と笑われて、私も笑っていました。
あの日から半年後、息子は私の目を見なくなりました。
この記事は、私が当時、何を見て、何を見落としていたか ── あとから振り返って書いた、ひとつの記録です。
1歳半健診のとき、私は疑ってもいなかった
健診の前、私には「発達が遅れているかもしれない」という感覚はありませんでした。
できるだろう、と思っていました。 遅れているなんて、考えてもいませんでした。
実際、息子は単語を話していました。 「パンマン」── アンパンマンの絵本を指さして、そう言っていました。 「わんわん」「りんご」── 絵を見ながら、自分から発していた言葉です。 「どうぞ」── 物を渡し合うやり取りも、できていました。
活発で、じっと座っていられない子でした。健診の控え室でも、ママの後ろに隠れるというよりは、あっちこっち動き回っていました。
多動さはあったかもしれないけれど、それは「男の子だから」「男子特有のもの」だと、私は思っていました。
だから、健診を「気をつけて見てもらおう」という気持ちで受けたわけではありませんでした。 ただの通過点として、息子と二人で出かけた、それだけの日でした。
健診で「でしょうね」と言われた日
健診で、保健師さんは私の話を聞きながら、笑顔で「でしょうね!」と言ってくれました。
「これ何?」と聞かれて、息子は答えませんでした。
でも、保健師さんがメモを取っている間、息子は犬の絵を見て「わんわん」と自分から言っていました。りんごの絵を見て「りんご」とも言っていました。
私はそれを見て、「ちゃんと言葉は出ている」と思いました。 保健師さんも、特に深刻な表情をしませんでした。
── あとから振り返ると、聞かれて答えていたんじゃなく、自分のタイミングで言葉が出ていたんだな、と思います。
でも、当時の私には、その違いは見えていませんでした。 言葉が出ているなら、大丈夫。そう思っていました。
帰り道、夫も私も、何も疑っていなかった
健診が終わって、私は帰り道、特に何かを引きずっていませんでした。
「大丈夫だった」── ただ、それだけの感覚でした。
家に帰って、夫に「健診、特に何もなかったよ」と話しました。 夫も「そうか」と言って、それで終わりでした。
私たちは、何も疑っていませんでした。 健診が終わった、それだけの日。 息子はその夜も、いつも通り、活発に動き回って、笑っていました。
そして、しばらくは、何ごともない日々が続きました。
でも、2歳になる前に、何かが崩れ始めた
健診から数ヶ月が経ち、季節が変わった頃でした。
息子が2歳になる前。 私の中で、急激に不安が大きくなった時期があります。
今まで普通にできていたことが、ひとつ、またひとつと、できなくなっていきました。 言えていた言葉が、出なくなりました。 できていたやり取りが、消えていきました。 ママと、目が合わなくなっていきました。
最初は「気のせいかな」と思いました。 「疲れているのかな」「体調が悪いのかな」と。
でも、日が経つほどに、戻ってこないものが増えていきました。 「あれ」と思った日から、息子は少しずつ、私の手の届かない場所へ移っていくようでした。
── あの頃、喋っていた息子が喋らなくなっていった日々のことは、別の記事に詳しく書いています。
👉 喋っていた息子が、喋らなくなった日|折れ線型自閉症と診断されるまでの記録
気がつくと、息子は私を「知っている人」を見るような目をしなくなっていた
気がつくと、息子は私を見ても、「知っている人」を見るような目をしなくなっていました。
あの頃の私は、彼にとって、初対面の知らない人になってしまったような感覚がありました。
呼んでも、振り向かないことが増えました。 抱き上げても、私の顔を見つめてくれることが減りました。 「ママ」と呼ばれることも、なくなっていきました。
私はそこに、ずっと、いたはずなのに。
夜、寝た息子の顔を見ながら、何度も思いました。 朝起きたら、また「ママ」と呼んでくれるんじゃないか、と。
── 「ママ」と呼ばれたかった日々のことを、別の記事に書いています。
折れ線型自閉症という言葉を知ったのは、もっと後でした
「折れ線型自閉症」という言葉に出会ったのは、その後しばらく経ってからでした。
健診のときには、知りませんでした。 息子に変化が起き始めた頃も、知りませんでした。
私が知らなかっただけで、そういう発達のかたちがあったのです。 今まで育ってきたものが、ある時期から、後ろに戻っていくことがある。
健診で「問題なし」と判定された子の中にも、その後に変化が起きる場合があると、ずいぶん後になって知りました。
── あの数ヶ月、何かに気づいていれば、何が違ったんだろう。 小さな「変?」を、もっと早く拾えていたら。 もっと早く、療育に進めていたら。
そう思うことは、いまもあります。 答えは、もう、出ないのかもしれませんが。
同じ状況の方へ
あの頃の私は、健診で「問題なし」と言われて、疑うこともしませんでした。
言葉も出ていたし、やり取りもできていた。だから、なにも気にしていなかった日が、しばらく続きました。
でも息子は、そのあと、私の目を見なくなりました。 気がつくと、私は彼にとって、初対面の知らない人になってしまったような感覚がありました。
もし今、あなたが「健診で大丈夫だったけど、なんとなく気になる」と感じているなら ──
あの頃の私は、「気のせいかな」で終わらせていました。
あの数ヶ月、何かに気づいていれば ── と、いま思っています。
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この記事は、私自身の体験を、私の言葉で書いた記録です。同じような状況を経験されている方の、参考のひとつになれば幸いです。


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