「治る」と検索した夜のこと
子どもが折れ線型自閉症と診断されたとき、私が最初に検索した言葉は
「折れ線型自閉症 治る」「折れ線型自閉症 治し方」
だった。
少なくとも、私はそうだった。
診断書を受け取って、家に帰って、子どもが寝てから、スマホを握りしめて検索する。何か答えがあるはずだと思って。
論文を漁って、落胆した
私はエビデンスを探した。論文も読んだ。信頼できる医療機関の情報も探した。
でも見つかるのは
「重度になるケースが多い」
というデータばかりだった。
光のない暗闇を彷徨っているような感覚、と言えば伝わるだろうか。
「治る」を探しに行ったのに、たどり着いたのは「難しい」という現実ばかりで、正直、読めば読むほど沈んでいった。
それでも、唯一希望になった情報
たくさんの情報の中で、一つだけ「これは違うかもしれない」と思えたものがあった。
「折れ線型自閉症は、障害への理解・対応が遅れることで重度化しやすい」
という記述だった。
うちの子は、そこまで理解・対応が遅れているわけではないかもしれない、と思った。
根拠のない希望かもしれない。でも、その「かもしれない」が、次の行動につながった。
早期診断という、大きな幸運
うちの場合、診断が早くついた。
「様子を見ましょう」の期間が短かったことは、今振り返ると本当に幸運だったと思う。
診断名がついて初めて、動ける。支援につながれる。正しい情報にたどり着ける。
診断が遅れると、その分だけ「行動できない時間」が増える。だから早く診断がついたことは、その後の全てに影響したと思っている。
ABAにたどり着いた経緯
私が動いた方向は「直す!エビデンス!」だった。
検索を重ね、療育施設にも相談し、役所にも足を運んだ。
そしてABAという療法にたどり着いた。ABAを実践している団体があること、テキストがあることを知った。
「これだ」と思った。
最初の手応え、お茶碗の積み木
ABAを始めて、今でも忘れられない瞬間がある。
お茶碗に積み木を入れる課題。
「ちょうだい」と言うと、積み木をお茶碗に入れることができた。
たったそれだけのことだけど、あのときの感覚は今も覚えている。
追いつくかもしれない。
そう思った。
現実は、甘くなかった
正直に書く。
5年以上ABAを続けて、「追いついた課題」はないかもしれない。
苦手な課題はたくさんある。コミュニケーション、社会性、指示を受けて行動すること。これは今でも難しい。
一方で、得意なこともある。パズルなど、座って取り組む課題では定型発達の子と変わらないスピードでこなせるものもある。
凸凹がある。それが現実だ。
5年前に恐れていたこと、今起きていること
診断直後に私が一番怖かったのは、こういうことだった。
喋れない。コミュニケーションが取れない。働けない。普通に学べない。社会で生きられない。
5年後の今、それがどうなったか。正直に書く。
喋れない、と思っていた。
→ 2語文程度だが、自分の要求を言葉で伝えられるようになってきた。
コミュニケーションが取れない、と思っていた。
→ 少しずつやり取りができてきた。絵本を一緒に読んでいると「羊!」「ピザ!」「ワンワン!」と挿絵を指さして教えてくれる。私に共感を求めてくる。最初にそれをされたとき、「ええ、嘘でしょ?」と思った。「そうそう!羊だね、ふわふわだね!」と言いながら、頭の中が真っ白になった。
社会で生きられない、と思っていた。
→ 特定の人が中心だけど、たまに友達の顔を覗き込んでニコニコしていることが増えた。
普通に学べない、働けない、と思っていた。
→ 丁寧に教えれば「できる!」が増えた。何かしら社会に貢献できるかもしれない、という感覚が少しずつ出てきた。
「一生できない」と思っていたことが、できるようになっていることがある。
ただ同時に、「もっと伸びると思っていた」という気持ちも正直ある。5年経った今も、複雑な感情がある。
でも診断直後の自分がこの姿を見たら、きっと「ママのことを認識しているんだね」と安心すると思う。それだけは言える。
「回復」という言葉を手放した日
あるとき、私は気づいた。
「回復」を目指すのをやめた。
正確に言うと、「回復」の意味が変わった。
かつての私が思い描いていた「回復」は、”元に戻ること”だった。診断前の姿に近づくこと。定型発達の子と同じになること。
でも今は違う。
頂上を目指しているけれど、彼の一番合う道を選びながら登っている。
かなりくねった道を、遠回りしながら。
それが私たちの登り方だと今は思っている。
「回復」ではなく、「成長」を目指す。それが今の私の答えだ。
折れ線型と診断されたばかりの親御さんへ
もし今、私が診断されたばかりのときの自分に会えるなら、こう伝えたい。
診断名がついても、君はきみだ。
悩み、苦しみを感じている時間を否定はしない。それは当然の感情だから。
でも一つだけ。
行動に移して、その子に合った関わり方を探し続ければ、成長する可能性はある。
少なくとも、私はそれを感じることができた。
ゴールは「元に戻ること」じゃなくていい。その子の一番いい道を探すことが、本当の意味での回復なんだと思う。
まとめ
- 折れ線型自閉症の「回復」を正面から調べると、重度化データに落胆する
- ただし「早期対応」が重要という情報は希望になった
- ABAを5年以上続けた結果、すべてが追いついたわけではないが、成長はある
- 「回復=元に戻ること」ではなく「その子の道で成長すること」が今の私の答え
- 診断されたばかりの方へ:行動に移し続ければ、成長する可能性はある
私は今でも、「治る」という言葉を見ると心が揺れる。
でも5年前の私が本当に探していたのは、「治るかどうか」ではなかったのかもしれない。
その子が成長する可能性はあるのか。明日も頑張ってみようと思える希望はあるのか。
もし同じように検索してこの記事にたどり着いた方がいるなら、私の答えはひとつだ。
ゆっくりでも、遠回りでも、成長はある。
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