「効果はいつ出るの?」——治療前に一番知りたかったのに、どこにも書いていなかった情報です。
結論から言います。わが家では、1〜2週間後に「今までできなかった場所に行けた」という変化があり、3か月ごろには睡眠や生活面で変化を感じ、1年後には言葉のやりとりにも広がりが見られました。 ただし劇的ではなく、そして、これらすべてが幹細胞治療によるものだと断定することはできません。
この記事は、ASDの息子・ソラ(治療時5歳)が2025年7月に幹細胞治療を受けてから1年間、私が毎日つけてきた記録(排便・睡眠・園の連絡帳・写真)を、時系列で並べたものです。「治った」話ではありません。「何が、いつ、どのくらい変わったか」だけを書きます。
効果のタイムライン早見表(1週間〜1年)
| 時期 | わが家に起きた変化 |
|---|---|
| 1週間 | ほぼ変化なし。ぼーっとする時間が減った「気がする」程度 |
| 1〜2週間 | 花火大会に最後までいられた |
| 1か月 | 便が安定し始め、寝つきまでの時間も短くなった |
| 3か月 | 朝まで眠れる日が出た。切り替えや生活面にも変化 |
| 4か月 | 初めて「0拭き」の日があった |
| 8か月 | 朝の会で、誰に呼ばれても返事ができるようになった |
| 9か月 | 拍手・お辞儀・学芸会・歯科など、参加できる場面が増えた |
| 10か月 | 「アイスクリーム」「お家!」など、共有する言葉が出た |
| 11か月〜1年 | プール・心電図・検診などで再挑戦できる場面が増え、「ママ」と呼ばれた |
※ここで紹介している変化は、わが家で記録した経過です。幹細胞治療による効果と断定するものではありません。
▶ 迷っている方へ:費用・デメリット・結論は やるべき?実体験から出した正直な結論
治療前のソラ(Before)
先に、治療前の状態を正直に。ここが基準になります。
睡眠:夜中に何度も起きた。2時間おきに目が覚めて泣く。メラトベルで入眠はできても、週1〜2回は夜中に突然起きて、そこから眠れない。私も眠れない日が続いた。
腸:便はずっとゆるかった。形のない水便か軟便。拭くのに毎回3〜5回、多い日は10回近く。「体質だから」と思っていた。
行動:園では先生の声かけがないと動けない。お支度も移動も全部プロンプトが必要。「今日はしんどい日だったみたいで」と連絡帳に書かれる日が続いた。
感覚:大きな音・人混み・暗闇が重なる場所は完全にNG。花火大会も遊園地も「絶対無理」だった。
1週間後:正直、ほぼ変化なし
治療直後は毎日観察していました。でも1週間で劇的な変化は出ません。今振り返っても「そんなもの」です。
1つだけ。なんとなく、ぼーっとしている時間が減った気がする。声をかけたとき、少しこちらを向く瞬間が増えた——気のせいかもしれない、そのくらいの変化です。
1〜2週間後:「何かが違う」と初めて感じた花火大会
治療から1〜2週間のある日、花火大会に行けたんです。
それまで大きな音・人混み・暗闇が重なる花火大会は完全にNGだった子が、最後まで楽しんで見ていました。感覚過敏がやわらいだのか、落ち着きが出たのか、理由は分かりません。でも「何かが変わっているのかもしれない」と、初めて強く感じた瞬間でした。
この時期は「今まで無理だった場所に行けた」「癇癪が起きにくくなった」という、日常のハードルが下がる変化が出やすかったです。
1か月後:腸と睡眠に兆し
体の内側から変わり始めました。便の状態が分かりやすく安定してきた。寝つきまでの「格闘時間」が短くなってきた。まだ夜中に起きることはありましたが、方向が変わった感じがありました。
3か月後:朝まで眠れる日が来た
一番実感できた変化は睡眠です。
夜中に起きる回数が少しずつ減って——ある夜、朝まで眠った。「あれ?」と気づいたとき、涙が出ました。5年間で初めてのことでした。私も一緒に朝まで眠れた。家族全員の疲弊感が、ここで明らかに変わりました。
行動面も積み上がっていました。
- お支度:声かけが少なくてもできるようになってきた
- 帰りの準備:先生が言う前に自分から取りかかる
- 教室移動:声をかけなくても、なんとなく列に並べていた
- 外遊び:帽子をかぶって、自分から外へ
- 給食:半量だったのが増えてきた。家で食べない煮物を園で完食した日も
- 目が合うと、ニコッと笑い返してくれるようになった
そして3か月後、家族で遊園地へ。音、光、人混み——以前なら全部が刺激で早々に退散していた場所で、泣かなかった。崩れなかった。
3か月の検診で、主治医はこう言いました。
「睡眠の改善および腸機能の改善については、幹細胞治療の効果である可能性が高い。」
断定ではありません。でも「可能性が高い」という言葉でした。
4か月後(11月):初めての「0拭き」
3歳半でトイレでうんちができるようになって以来、ずっと複数回拭き続けてきました。水便の日は5〜10回拭いても終わらなかった。
治療から約4か月、2025年11月。「1回拭いても、何もついていない。」
その日の記録に、私はこう書いています。「5年間で初めての経験だった」。
ただ、その頃はまだ定着とは言えませんでした。波があった。長くトイレに座ると後半が軟便になる日、水遊びの翌日に下痢が出る日。「治った」ではなく「整いやすくなった」——これが一番近い言葉です。
9か月後:記録を並べて見えた”傾向”
「効果が出た」と書きたい気持ちと、「本当にそう言い切っていいのか」という迷いの間で、ずっと揺れていました。だから、はっきり言えることだけを並べました。
便:固形の便が出る日が増え、拭き取りが1〜3回で済む日が出てきた。そして、便が整っている日と機嫌がいい日が、かなり重なっていた。「腸がいい日=機嫌がいい日」——1日や1週間では見えず、9か月の記録があって初めてつながった気づきです。
園:8か月ごろ、朝の会で出席の返事ができるようになった。最初は先生が名前を強調して呼んだときだけ。それが、誰が呼んでも——友達が呼ぶ場面でも、手を挙げて「はい」。周りが拍手すると自分も拍手する。ピアノに合わせてお辞儀。学芸会では、部分的に先生がそばにいなくても、手を広げて友達についていって一緒に回れた。
医療:歯医者で、顔は怖がりながらも泣かずに耐えるようになった。待合室で泣かずに待てる日が増えた。
その時は「今日はたまたま」と思っていたことが、連絡帳と写真を見返すと、少しずつ増えていました。
10か月後:「お家!」——これ、会話だよね
ある日、台所に立っていた私の背中に、ソラが近づいてきて、いつも以上に声を張って「アイスクリーム」と言いました。振り返ると、三角の磁石に半円の磁石を乗せている。アイスクリームだ。
それまでソラが私に声をかけるのは、何かやりたい・食べたいときだけでした。でもこれは違う。「できた!」を伝えに来た。「すごいね!」と叫ぶと、ニコニコして「アイスクリーム」と繰り返し、次に四角と三角をくっつけて、私の目を見て「お家!!!」。
「言葉が出ない」「目が合わない」と泣いていた日々を思い出しました。あの頃の私に、この日が来ると教えてあげたい。
同じ時期に:
- 水筒をこぼして、自分から「こぼしちゃった」
- 給食の前後に「トイレ」と自分から知らせる
- 絵画で「にじ」と言って虹を描き、「すごい」と言いながら自分に拍手
- 冬の検診で全部ギャン泣きだったのが、2か月後の春の検診では泣かずに受けられた場面がいくつも
11か月〜1年:定着と、再挑戦できる力
腸:転機は排便時間のルールを「5分」から「3分」に変えたこと(長く座ると後半が軟便になると分かってきたので)。3分ルールにしてから0拭きの日が増えました。正直に書くと、まだ「定着」とは言えません。体調が不安定になると崩れるし、プールの後も崩れる。でも、5年間一度も0拭きを見たことがなかった私にとって、それが「たまに来る日」になっただけで、十分すぎるほど嬉しい変化です。
睡眠:夜中の突然の覚醒が、週1〜2回→月1回以下に。
社会性:6月、プールに初参加。入ることすら拒んだのが、まず3秒。できたら10秒。最終的に他の子と列に並んでプール内を歩き、水深100cmに一人で立っていた。
心電図は1回目に失敗。保健の先生と「横になる練習」をして再挑戦し、測れた。「最初からできた」ではなく、一度崩れて、クールダウンして、もう一度向き合えた。これがどれだけ大きいか、自閉症児を育てた親なら分かると思います。耳鼻科の検診も泣かずに終わりました。
そして1年たったころ。夜中に起きてしまったとき、ソラが「ママ」と呼んできました。「ママって呼ばれたい」——それだけで治療を選んだ私に、1年後にその声が届いた夜でした(▶ 「ママって呼ばれたい」だけで、私は治療を選んだ)。
絵本の挿絵の動物を指さして名前を言い、私の顔を見る。食べ物をこぼすと「こぼしちゃった」。叱られると「ごめんよ」と言うときがある。パウパトロールでは、ソラがキャラクターの名前を言い、私が返すと嬉しそうに笑う。私が別のキャラを言うと、「次は?」と言うようにニコニコしながら待つ。——やりとりが、往復するようになりました。
言葉の変化だけを、時系列で
「言葉と社会性が伸びてほしい」——それが治療を選んだ理由でした。だから言葉だけを抜き出して並べます。
| 時期 | 言葉 |
|---|---|
| 1歳半〜 | 「うん/ううん」が逆になった。そこから少しずつ、できていたことができなくなった——呼んでも反応しない、指さしをしなくなる、「どうぞ」のやりとりが消える、そして言葉をなくした。徐々に、深刻に(折れ線型) |
| 治療前(5歳) | 要求の単語が中心。「見て」はほぼなし |
| 3か月 | 言葉はまだ少ない。ただし目が合って笑い返す |
| 10か月 | 「アイスクリーム」「お家!」(共有)/「こぼしちゃった」(報告)/「トイレ」(自分の状態)/「すごい」(自分への評価) |
| 1年ごろ | 夜中に「ママ」/絵本の動物を指さして名前を言い、共感を求める/「ごめんよ」/パウパトロールの名前を言い合う往復。”見て”と”一緒に”が言葉になった |
爆発はありませんでした。単語が「要求」から「報告」「共有」に広がった——それが1年の言葉の変化です。名詞は出ても動詞や二語文が続かない時期が長く、ここは、幹細胞治療だけではなく、家庭で続けてきた練習(マッチング→受容→表出)も関係していると感じています(▶ 絵カードの使い方|般化の教え方)。
変わらなかったこと
「治療で全部良くなりました」という話にはしたくないので、正直に。
- 言葉の爆発は起きなかった。急にぺらぺら話し始めることはない
- 知的な発達の急加速もなかった
- 直線を見つけると走り出すのは、今も。治療やABAだけでは届かない、もっと深いところにある何かだと思う
- 自閉症が「治る」わけではない
幹細胞治療だけの効果なのか?1年たっても、私には分けられない
ここに書いた変化は、幹細胞治療だけの効果だとは思っていません。治療、ABA療育、腸活、家庭で続けてきたこと、そしてソラ自身の成長——いくつもの要素が同じ時期に重なって動いています。
ただ、1年分の記録を並べてみると、睡眠や便の変化には、言葉や社会性とは違うタイミングで動いている部分がありました。それが幹細胞治療によるものなのか、ほかの要因によるものなのかは、私には判断できません。
3か月後の診察では、主治医から「睡眠の改善および腸機能の改善については、幹細胞治療の効果である可能性が高い」と説明されました。言葉と社会性については、まだ経過を見ている段階だと理解しています。
誤解しやすいこと|わが家で変化を追いやすかった理由・期待しすぎない方がいいこと
私も治療前は「すぐ変わるかも」と期待していました。実際は、即効性はなく、じわじわ型でした。「効果がなかった」と感じる人の多くは、この期待値のズレが原因かもしれない、と私は思っています。
わが家で、変化を追いやすかったポイント
わが家では、睡眠・便・行動を毎日記録していたため、小さな変化にも気づきやすかったと思います。一方で、同じような変化がほかの子にも起こるとは考えていません。幹細胞治療による変化なのか、ABAや家庭での取り組み、成長、環境の変化によるものなのか、今の私には完全には切り分けられません。
期待しすぎない方がいいこと:言葉の爆発、知的発達の急加速、「治る」。「奇跡の治療」ではなく「生活の質が上がる可能性がある選択肢の一つ」——これが私の捉え方です。
まとめ:現実的なタイムライン
- 1〜2週間:落ち着きの変化(花火大会)
- 1か月:腸・睡眠に兆し
- 3か月:睡眠が安定・行動の切り替え改善・主治医の言葉
- 4か月:初めての0拭き
- 9〜10か月:園・医療・「お家!」の共有
- 1年:0拭きの日が増え(定着はまだ)、睡眠は安定。「ママ」と呼ばれた夜。失敗しても再挑戦できる力
「すぐ効果が出なくても焦らない」「じわじわ型の変化を記録する」。記録を続けていて、本当によかったと思っています。
次に読むなら👇
▶ 1年たっての判断 → 幹細胞治療から1年|「やる価値はある」と「誰にでも勧めない」の両方が答え
▶ 費用とデメリットも含めて判断したい → やるべき?実体験から出した正直な結論
▶ 2回目をやめた理由 → 500万円かけて出した結論
▶ 便の5年間の記録 → 下痢・軟便が5年続いた話
※本記事は個人の体験に基づくものです。効果には個人差があり、治療を推奨するものではありません。医療的な判断は必ず専門医にご相談ください。

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