2026-06

幹細胞治療

言葉と社会性が伸びてほしかった|幹細胞治療10か月後、最近の記録

5歳の春、私が幹細胞治療を選んだ理由は、突き詰めると一つだけだった。 <strong>言葉と社会性が伸びてほしかった。</strong> 会話が増えてほしい。 人とのやり取りが増えてほしい。 「ママ、見て」と言ってほしい。 2025年の夏、息子・ソラは幹細胞治療を受けた。 あれから10か月。 最近のソラに起きたことを、できるだけ正直に書いておこうと思います。 <hr> <h2>「アイスクリーム!」と背中に来た日</h2> ある日、私は台所に立っていた。 ソラは少し離れた場所で、ピタゴラス(磁石のおもちゃ)で遊んでいた。 突然、私の背中に近づいてきて、<strong>いつも以上に声を張って「アイスクリーム」</strong>と言った。 「え?呼ばれた?」と、咄嗟に感じた。 振り返ると、確かに三角の磁石に半円の磁石を乗せている。 <strong>アイスクリーム</strong>だ。 そもそも、ソラが私に声をかけてくるのは、何かやりたかったり食べたかったりするときだ。 でも、今回は違った。 きっと「<strong>できた!</strong>」って伝えたかったんだね。 <strong>褒められたい</strong>と思ったからかも。 私は思わず、「<strong>すごいね!アイスクリームだ!!!</strong>」と叫んだ。 ソラはニコニコ笑って、「アイスクリーム」と繰り返した。 そして、その後だった。 別のパーツ──四角と三角をくっつけて、<strong>私の目を見て</strong>、「<strong>お家!!!</strong>」と言った。 <hr> その瞬間、私の中で何かがはじけた。 <strong>会話ってこうだよな。これ、会話だよね!</strong> こんなやりとりに、めちゃくちゃ感動したんだ。 「言葉が出ない」「目が合わない」と泣いていた日々を、思い出した。 あの頃の私に「いつか、息子が目を見て"お家!"って言ってくれる日が来るよ」と教えてあげたい。 そして同時に、こうも思った。 まだまだ、諦めちゃいけない。 <strong>君とたくさん「楽しい」を共有して、生きたい。</strong> <hr> <h2>最近、ほかにも起きた小さな変化</h2> 「アイスクリーム!」だけじゃなかった。 最近のソラは、いくつかの「<strong>伝える行動</strong>」を見せてくれた。 <h3>「こぼしちゃった」と自分から報告した日</h3> 水筒をこぼしたとき。 ソラは自発的に「<strong>こぼしちゃった</strong>」と言った。 単語ではなく、状況に合った言葉だった。 "何が起きたか" を、自分から伝えるための発語。 これも、私が「言葉が増えてほしい」と願って治療を選んだ部分の、ひとつの答えだった気がする。 <h3>「すごい」と拍手した絵画の課題</h3> 絵画の課題で、好きなものを描く活動があった。 ソラは自分から「にじ」と言って、虹を描いた。 描き終わったあと、大切そうに眺めて、<strong>「すごい」と言いながら拍手した</strong>らしい。 「すごい」を、自分に対して使った。 達成感を、自分の言葉と動作で表現できたということ。 これも、冬の検診でギャン泣きしていたあの頃にはなかったこと。 <h3>「トイレ」と自分から伝える</h3> 給食の前後に「<strong>トイレ</strong>」と発語して、自分から知らせるようになった。 要求と報告。 自分の状態を、言葉で他者に伝える行動。 地味だけど、ものすごく大きな変化だ。 <hr> <h2>医療場面で見せた「再挑戦できる力」</h2> 最近、ソラは医療場面で、<strong>冬の検診のときとは違う姿</strong>を見せた。 <h3>冬の検診のとき</h3> 全部、ギャン泣きだった。 癇癪が強くて、ほとんど検査にならなかった日もあった。 <h3>それから2か月後の、春の検診</h3> 冬の検診から、2か月。 春の検診では、いくつかの場面で<strong>泣かずに受けられた</strong>。 全部完璧、ではない。 でも、確かに「<strong>冬とは違う</strong>」と感じる瞬間が、いくつもあった。 たった2か月で、こんなに変わるのかと思った。 <h3>さらに少し経って、学校での心電図検査</h3> 1回目は、メソメソしてできなかった。 そこで、保健の先生と一緒に<strong>横になる練習</strong>をした。 そのあと、先生ともう一度トライ。 <strong>心電図が、測れた。</strong> 「最初からできた」じゃない。 <strong>一度崩れて、クールダウンして、もう一度向き合えた。</strong> これがどれだけ大きなことか、自閉症児を育てた親なら分かると思う。 <hr> <h2>治療前との比較(冬の検診から最近まで)</h2> <table border="1" cellpadding="10" cellspacing="0" style="width:100%; border-collapse:collapse;"> <tr style="background-color:#f9f9f9;"> <td style="font-weight:bold;">項目</td> <td style="font-weight:bold;">冬の検診の頃</td> <td style="font-weight:bold;">最近(治療後10か月)</td> </tr> <tr> <td>医療場面</td> <td>全部ギャン泣き</td> <td>春の検診で泣かずに受けられた場面・心電図も練習して測れた</td> </tr> <tr> <td>検査への対応</td> <td>強い癇癪・拒否</td> <td>嫌がりつつも、立て直しできる場面が増えた</td> </tr> <tr> <td>失敗後の立て直し</td> <td>難しい</td> <td>練習→再挑戦→成功</td> </tr> <tr> <td>自発的な発語</td> <td>限定的</td> <td>「こぼしちゃった」「トイレ」など報告増</td> </tr> <tr> <td>ママへの共有</td> <td>少なめ</td> <td>「アイスクリーム!」「お家!」と見せに来る</td> </tr> </table> <hr> <h2>でも、まだ変わっていないこともある</h2> ここから先は、正直に書きたい。 「治療で全部良くなりました」という話には、絶対にしたくないからだ。 <h3>突然、走り出すこと</h3> 「<strong>落ち着いた</strong>」と言ってくれる人も増えた。 それは本当に嬉しい。 でも、やはり、<strong>直線を見つけると、本能のように走ろうとする</strong>。 これは、治療やABAだけでは届かない、もっと深いところにある何かなのかもしれない。 <h3>言葉の爆発は、まだ感じられない</h3> 幹細胞治療を検討していたとき、私は心のどこかで「言葉の爆発」を期待していた。 急にぺらぺら話し始める、みたいなイメージ。 <strong>でも、それはまだ、感じられない。</strong> 最近の発語の増え方は、爆発ではなく、小さな積み重ねだった。 「こぼしちゃった」「すごい」「アイスクリーム!」「お家!」── ひとつひとつは小さい。でも、確実に増えている。 爆発ではなく、じわじわ。 これが、わが家のリアルだ。 <hr> <h2>「言葉と社会性が伸びてほしい」と願った私への、10か月後の答え</h2> あの春。 私が幹細胞治療を選んだ動機は、500万円という金額でも、流行りでもなかった。 「<strong>言葉と社会性が伸びてほしい</strong>」 それだけだった。 10か月後の今、その願いに対する答えを、もし当時の自分に伝えるとしたら、こう書きたい。 <blockquote> 言葉は、爆発はしなかったよ。 でも、確実に増えたよ。 社会性は、「ねぇ、見て」が増えたよ。 ピタゴラスでアイスクリームを作って、背中に来て、目を見て「お家!」って言ってくれる日が来たよ。 走るのは、まだ走るよ。 でも、医療場面では、失敗しても立て直して、もう一度向き合えるようになったよ。 <strong>全部が変わったわけじゃない。</strong> <strong>でも、何も変わらなかったわけでもない。</strong> 「<strong>まだまだ諦めちゃいけない</strong>」と、思える日がたくさん増えたよ。 </blockquote> <hr> <h2>検討中のあなたへ</h2> わが家では、「<strong>言葉の爆発</strong>」は感じていません。 でも、「<strong>見て</strong>」と伝えようとする場面は、確実に増えました。 この記録が、どなたかの判断材料のひとつになれば嬉しいです。 <hr> <blockquote> 治療を決めるまでの経緯や、500万円という金額をどう考えたかは、別の記事にまとめています。 👉 <a href="https://mizuiro-days.com/autism-stem-cell-decision/">自閉症の幹細胞治療を受けた理由|500万円の決断と後悔しないために考えたこと</a> </blockquote> <hr> <h2>最後に</h2> 最近のソラは、突然走る。 言葉の爆発はまだ来ない。 でも、ピタゴラスで作ったアイスクリームを「見て!」と持ってくる。 お家を作って、目を見て「お家!」と言ってくれる。 それを「これ、会話だよね」と感じられた、最近だった。 <strong>君とたくさん「楽しい」を共有して、生きたい。</strong> これからも、その願いを忘れずに、書いていこうと思います。 <hr> <h3>関連記事</h3> - 👉 <a href="https://mizuiro-days.com/autism-regression-after-checkup/">1歳半健診で問題なしと言われた半年後、息子は私の目を見なくなった</a> ── このすべてが始まった日々の記録 - 👉 <a href="https://mizuiro-days.com/autism-stem-cell-decision/">自閉症の幹細胞治療を受けた理由|500万円の決断と後悔しないために考えたこと</a> ── 治療を選んだ経緯 - 👉 <a href="https://mizuiro-days.com/stem-cell-therapy-effects-timeline/">自閉症の幹細胞治療、効果はいつから出る?実体験で時系列まとめ【3ヶ月の変化】</a> ── 治療3ヶ月後の記録(こちらは前半の変化) - 👉 <a href="https://mizuiro-days.com/mama-tte-yobaretai/">「ママって呼ばれたい」だけで、私は治療を選んだ</a> ── あの頃の願いの記録 <hr> <em>この記事は、私自身の体験を、私の言葉で書いた記録です。同じような状況を経験されている方の、参考のひとつになれば幸いです。</em> <em>※ 本ブログは個人の体験に基づくものであり、医療的な判断は必ず専門医にご相談ください。</em>
タイトルとURLをコピーしました