私はABA療育を否定したいわけではありません。
実際に息子はABA療育でたくさんのことを学びました。
ABA療育は、子どもの成長を感じられる一方で、親にとっては想像以上に大変な療育でもあります。
それでも、「ABA療育 デメリット」と検索した夜が何度もありました。
この記事では、実際に続けてきた親として感じたことを正直に書きます。
私が最初に感じたデメリットは「孤独」だった
ABAを始めてすぐに、私が直面したのは「孤独」でした。
事業所に通えるのは週に数回。残りの時間は、すべて家庭療育です。
本やDVDを買い込んで、見ながら手順を真似する。
当時、特によく読み返していたのが『イラストでわかる ABA実践マニュアル』や『家庭で無理なく楽しくできるコミュニケーション課題30』でした。
息子が3歳になる前、ABAを始めたばかりの頃です。つみきの会のテキストを読みながら進めていましたが、「この課題はどう教えたらいいんだろう」「なぜ進まないんだろう」と悩むことが増えてきました。
そんな時に購入したのがこれらの本でした。イラスト付きで分かりやすく、今まで曖昧だった部分が少しずつ理解できるようになり、セラピーの質も上がったように思います。
もちろん、本を読んだからといって不安がなくなったわけではありません。それでも、「私だけじゃない」と思えることが、当時の私には大きな支えでした。
でも、いつも頭の中には同じ疑問がありました。
「このやり方、本当に合ってるのかな」
正解が分からないまま、毎日子どもと向き合う。
できない課題が続くと、こっちもどんどん焦ってくる。
そして、何度も同じことを失敗されると、つい声が大きくなる日もありました。
「なんで、こんなこともできないの」
そう言ってしまったあと、いつも自己嫌悪でいっぱいになりました。
怒りたいわけじゃない。でも、孤独の中でやっていると、余裕がなくなる。
つらい時に話せる仲間が欲しくて、保護者の定例会のようなものに参加しようとしたこともあります。
でも、その頃の私は、メンタル的にそこに行く元気すらありませんでした。
セラピストさんに来てもらうサービスがあることも知っていました。
その場では、子どもも少しできるようになる。
でも、料金が高くて、当時は他の出費もかさんでいたので、数回しか頼めませんでした。
回数が少ないと、子どもも慣れない。
セラピストさんが帰ったあとには、せっかくできていたことも、また崩れていく。
結局、習得できたことはほとんどありませんでした。
そして、セラピーをしている時間は、どうしても兄弟に我慢をさせてしまうこともありました。
今振り返ると、そのことに罪悪感を抱いていた時期もあります。
ABAは、子どものための療育のはずなのに、
気づけば私一人で、何かと戦っているような感覚でした。
ABAは万能ではなかった
地道に積み重ねていくと、確実にできることは増えていきました。
今までできなかったことが、ひとつずつできるようになる。
その喜びは、何度経験しても嬉しいものでした。
ABAは、間違いなく素晴らしい療育だと思います。
これまで続けてきて、本当によかった。
息子の人生に、少しずつ彩りを増やしてくれたことに感謝しています。
これからも、続けていくつもりです。
ただ、ABAは魔法ではありませんでした。
最初の単語が出るまでに、何年もかかりました。
そこから言葉が少しずつ広がっていくまでにも、さらに何年も。
「今日やったら、明日できるようになる」というものではなく、本当に、何年単位の積み重ねでした。
それでも、初めて聞いた言葉は今でも覚えています。
自発的ではなかったとしても、息子の声を聞けたあの日は、本当に嬉しかったのです。
地道な努力と、毎日の継続。
それがあってこその療育でした。
そして、ABAが得意なことと、そうではないことがありました。
ABAでできることは、確実に増えました。
けれど、ABAだけではどうにもならなかった課題もありました。
睡眠です。
夜中まで寝つかない。夜中に起きて、走り回る。
ABA的な働きかけをいろいろ試しても、これはどうにもなりませんでした。
排便も、そうでした。
毎日のように下痢や軟便が続いて、きれいなバナナ状のうんちを見たことがありませんでした。
ABAで、できることは確実に増えました。
でも、ABAだけでは届かない領域が、確かにありました。
「私のやり方が悪いのかな」と苦しくなった時期
一番苦しかったのは、やっぱり「他の子と比べてしまう時」でした。
数ヶ月前の息子と比べれば、確実に成長している。
それだけを見ていればよかったのに、つい同じ年齢の、定型発達の子と比べてしまう。
同じ年齢の子が、もうできていること。
うちの子は、まだできない。
どんなに努力しても、その差は埋まらない。
そう感じるたびに、また落ち込みました。
頭の中では、同じ言葉がぐるぐる回りました。
「私のやり方が、悪いのかな」
ひとつの課題に、何ヶ月もかかることもありました。
毎日同じことを繰り返しても、なかなか進まない。
そんな時期が続くと、「他の家庭はもっと上手くやっているんじゃないか」「私の関わり方が間違っているんじゃないか」と、どんどん自分を責めるようになっていきました。
誰かに話したくて、家族に相談したこともあります。
でも、私の親は、認めてくれませんでした。
「そんなの大丈夫よ。障害じゃない。ただゆっくりなだけ」
励ましてくれているのは分かっていました。
でも、その言葉は、私を余計に孤独にしました。
私は、息子のことで悩んでいた。
それなのに、その悩み自体を「ないもの」にされてしまう。
「私のやり方が悪いのかな」という思いを、誰にも分かってもらえないまま、また一人で抱え込む。
そんな時期が、確かにありました。
それから、私は両親と少し距離を取るようになりました。
寂しさもありました。
でも、それでよかったと思っています。
誰かの感情に振り回されずに、私は私のペースでABAを追求できるようになりました。
月日が経って、両親も少しずつ理解してくれるようになりました。
それもまた、時間が必要なことだったんだと、今は思います。
それでも私がABA療育を続けた理由
苦しい時期もありました。
それでも、私はABAを続けました。
理由は、シンプルです。
小さな変化が、確実に積み重なっていったから。
最初の変化は、「反応」でした。
私が呼びかけると、息子の様子が変わる。
私の言葉が、聞こえるようになっていく。
振り向いて、簡単な指示を聞いて、行動する。
それができるようになった時、本当に嬉しかった。
ものの名前が分かるようになり、理解できる言葉が増えていきました。
そして、単語を発することができるようになった日。
自分から話しかけてくれたわけではありません。
でも、息子の声で、言葉が聞こえてくる。
それだけで、私は嬉しくて仕方ありませんでした。
ひとつひとつは、小さな変化です。
でも、その積み重ねが、確実に「今」につながっています。
これが、私がABAを続けてきた理由です。
ABAだけでは届かなかったもの
ABAを続けて、確実に変化はありました。
反応が増え、言葉が増え、できることが増えていく。
それでも、心のどこかで、こう思っている自分がいました。
「もっと、言葉が増えてほしい」
「もっと、人とのやり取りが増えてほしい」
ABAは、地道な積み重ねでした。
でも、その積み重ねだけでは届かない部分があるんじゃないか——そう感じるようになっていきました。
そして私は、幹細胞治療という選択肢を知ります。
500万円という金額。
迷いも、葛藤もありました。
そのときの経緯は、別の記事にまとめています。
▶ 自閉症の幹細胞治療を受けた理由|500万円の決断と後悔しないために考えたこと
治療を受けてから10か月。
「言葉の爆発」のような大きな変化ではなく、ABAと同じように、小さな積み重ねでした。
それでも、ABAだけでは見られなかった変化もありました。
▶ 言葉と社会性が伸びてほしかった|幹細胞治療10か月後、最近の記録
ABAと幹細胞治療。
どちらか一方ではなく、両方やってきたからこそ、今があると思っています。
結論:ABA療育のデメリットを知った上で始めればいい
ここまで、ABA療育を続けてきて感じたデメリットを、正直に書いてきました。
孤独。
「私のやり方が悪いのかな」と苦しんだ時期。
ABAだけでは届かなかった部分。
それでも、私は今でもABAを否定しません。
息子は、ABAでたくさんのことを学びました。
ただ、ABAを「万能」だとも思っていません。
大切なのは、過度な期待をしないこと。
そして、子どもの小さな変化を、見逃さないこと。
「ABA療育 デメリット」と検索して、この記事に辿り着いた方へ。
デメリットを知った上で始めても、遅くありません。
むしろ、知っているからこそ、苦しい時期を乗り越えやすくなるはずです。
ABA療育は、確かに大変でした。
何度も泣いたし、何度もやめたくなりました。
それでも振り返ると、あの日積み重ねた1回1回のセラピーは、決して無駄ではありませんでした。
もし今、同じように悩みながら検索している方がいるなら、完璧を目指さなくて大丈夫です。
まずは今日1日。
そして、目の前の小さな変化を見つけてあげてください。
私は、それがABAを続ける上で一番大切なことだったと思っています。
この記事が、誰かの「今夜の検索」の答えになれば嬉しいです。

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