折れ線型自閉症に回復はある?5年以上向き合った母親の正直な答え

折れ線型自閉症に回復はある?母と子が湖のほとりで並ぶ後ろ姿 折れ線型自閉症

「治る」と検索した夜のこと

子どもが折れ線型自閉症と診断されたとき、私が最初に検索した言葉は

「折れ線型自閉症 治る」「折れ線型自閉症 治し方」

だった。

少なくとも、私はそうだった。

診断書を受け取って、家に帰って、子どもが寝てから、スマホを握りしめて検索する。何か答えがあるはずだと思って。

論文を漁って、落胆した

私はエビデンスを探した。論文も読んだ。信頼できる医療機関の情報も探した。

でも見つかるのは

「重度になるケースが多い」

というデータばかりだった。

光のない暗闇を彷徨っているような感覚、と言えば伝わるだろうか。

「治る」を探しに行ったのに、たどり着いたのは「難しい」という現実ばかりで、正直、読めば読むほど沈んでいった。

それでも、唯一希望になった情報

たくさんの情報の中で、一つだけ「これは違うかもしれない」と思えたものがあった。

「折れ線型自閉症は、障害への理解・対応が遅れることで重度化しやすい」

という記述だった。

うちの子は、そこまで理解・対応が遅れているわけではないかもしれない、と思った。

根拠のない希望かもしれない。でも、その「かもしれない」が、次の行動につながった。

早期診断という、大きな幸運

うちの場合、診断が早くついた。

「様子を見ましょう」の期間が短かったことは、今振り返ると本当に幸運だったと思う。

診断名がついて初めて、動ける。支援につながれる。正しい情報にたどり着ける。

診断が遅れると、その分だけ「行動できない時間」が増える。だから早く診断がついたことは、その後の全てに影響したと思っている。

ABAにたどり着いた経緯

私が動いた方向は「直す!エビデンス!」だった。

検索を重ね、療育施設にも相談し、役所にも足を運んだ。

そしてABAという療法にたどり着いた。ABAを実践している団体があること、テキストがあることを知った。

「これだ」と思った。

最初の手応え、お茶碗の積み木

ABAを始めて、今でも忘れられない瞬間がある。

お茶碗に積み木を入れる課題。

「ちょうだい」と言うと、積み木をお茶碗に入れることができた。

たったそれだけのことだけど、あのときの感覚は今も覚えている。

追いつくかもしれない。

そう思った。

現実は、甘くなかった

正直に書く。

5年以上ABAを続けて、「追いついた課題」はないかもしれない。

苦手な課題はたくさんある。コミュニケーション、社会性、指示を受けて行動すること。これは今でも難しい。

一方で、得意なこともある。パズルなど、座って取り組む課題では定型発達の子と変わらないスピードでこなせるものもある。

凸凹がある。それが現実だ。

5年前に恐れていたこと、今起きていること

診断直後に私が一番怖かったのは、こういうことだった。

喋れない。コミュニケーションが取れない。働けない。普通に学べない。社会で生きられない。

5年後の今、それがどうなったか。正直に書く。

喋れない、と思っていた。
→ 2語文程度だが、自分の要求を言葉で伝えられるようになってきた。

コミュニケーションが取れない、と思っていた。
→ 少しずつやり取りができてきた。絵本を一緒に読んでいると「羊!」「ピザ!」「ワンワン!」と挿絵を指さして教えてくれる。私に共感を求めてくる。最初にそれをされたとき、「ええ、嘘でしょ?」と思った。「そうそう!羊だね、ふわふわだね!」と言いながら、頭の中が真っ白になった。

社会で生きられない、と思っていた。
→ 特定の人が中心だけど、たまに友達の顔を覗き込んでニコニコしていることが増えた。

普通に学べない、働けない、と思っていた。
→ 丁寧に教えれば「できる!」が増えた。何かしら社会に貢献できるかもしれない、という感覚が少しずつ出てきた。

「一生できない」と思っていたことが、できるようになっていることがある。

ただ同時に、「もっと伸びると思っていた」という気持ちも正直ある。5年経った今も、複雑な感情がある。

でも診断直後の自分がこの姿を見たら、きっと「ママのことを認識しているんだね」と安心すると思う。それだけは言える。

「回復」という言葉を手放した日

あるとき、私は気づいた。

「回復」を目指すのをやめた。

正確に言うと、「回復」の意味が変わった。

かつての私が思い描いていた「回復」は、”元に戻ること”だった。診断前の姿に近づくこと。定型発達の子と同じになること。

でも今は違う。

頂上を目指しているけれど、彼の一番合う道を選びながら登っている。

かなりくねった道を、遠回りしながら。

それが私たちの登り方だと今は思っている。

「回復」ではなく、「成長」を目指す。それが今の私の答えだ。

折れ線型と診断されたばかりの親御さんへ

もし今、私が診断されたばかりのときの自分に会えるなら、こう伝えたい。

診断名がついても、君はきみだ。

悩み、苦しみを感じている時間を否定はしない。それは当然の感情だから。

でも一つだけ。

行動に移して、その子に合った関わり方を探し続ければ、成長する可能性はある。

少なくとも、私はそれを感じることができた。

ゴールは「元に戻ること」じゃなくていい。その子の一番いい道を探すことが、本当の意味での回復なんだと思う。

まとめ

  • 折れ線型自閉症の「回復」を正面から調べると、重度化データに落胆する
  • ただし「早期対応」が重要という情報は希望になった
  • ABAを5年以上続けた結果、すべてが追いついたわけではないが、成長はある
  • 「回復=元に戻ること」ではなく「その子の道で成長すること」が今の私の答え
  • 診断されたばかりの方へ:行動に移し続ければ、成長する可能性はある

私は今でも、「治る」という言葉を見ると心が揺れる。

でも5年前の私が本当に探していたのは、「治るかどうか」ではなかったのかもしれない。

その子が成長する可能性はあるのか。明日も頑張ってみようと思える希望はあるのか。

もし同じように検索してこの記事にたどり着いた方がいるなら、私の答えはひとつだ。

ゆっくりでも、遠回りでも、成長はある。


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