言葉と社会性が伸びてほしかった|幹細胞治療10か月後、最近の記録

幹細胞治療

5歳の春、私が幹細胞治療を選んだ理由は、突き詰めると一つだけだった。

言葉と社会性が伸びてほしかった。

会話が増えてほしい。
人とのやり取りが増えてほしい。
「ママ、見て」と言ってほしい。

2025年の夏、息子・ソラは幹細胞治療を受けた。
あれから10か月。

最近のソラに起きたことを、できるだけ正直に書いておこうと思います。

「アイスクリーム!」と背中に来た日

ある日、私は台所に立っていた。
ソラは少し離れた場所で、ピタゴラス(磁石のおもちゃ)で遊んでいた。

突然、私の背中に近づいてきて、いつも以上に声を張って「アイスクリーム」と言った。

「え?呼ばれた?」と、咄嗟に感じた。

振り返ると、確かに三角の磁石に半円の磁石を乗せている。
アイスクリームだ。

そもそも、ソラが私に声をかけてくるのは、何かやりたかったり食べたかったりするときだ。
でも、今回は違った。

きっと「できた!」って伝えたかったんだね。
褒められたい、と思ったからかも。

私は思わず、「すごいね!アイスクリームだ!!!」と叫んだ。
ソラはニコニコ笑って、「アイスクリーム」と繰り返した。

そして、その後だった。

別のパーツ──四角と三角をくっつけて、私の目を見て、「お家!!!」と言った。

その瞬間、私の中で何かがはじけた。

会話ってこうだよな。これ、会話だよね!

こんなやりとりに、めちゃくちゃ感動したんだ。

「言葉が出ない」「目が合わない」と泣いていた日々を、思い出した。
あの頃の私に「いつか、息子が目を見て”お家!”って言ってくれる日が来るよ」と教えてあげたい。

そして同時に、こうも思った。

まだまだ、諦めちゃいけない。
君とたくさん「楽しい」を共有して、生きたい。

最近、ほかにも起きた小さな変化

「アイスクリーム!」だけじゃなかった。
最近のソラは、いくつかの「伝える行動」を見せてくれた。

「こぼしちゃった」と自分から報告した日

水筒をこぼしたとき。
ソラは自発的に「こぼしちゃった」と言った。

単語ではなく、状況に合った言葉だった。
“何が起きたか”を、自分から伝えるための発語。

これも、私が「言葉が増えてほしい」と願って治療を選んだ部分の、ひとつの答えだった気がする。

「すごい」と拍手した絵画の課題

絵画の課題で、好きなものを描く活動があった。
ソラは自分から「にじ」と言って、虹を描いた。
描き終わったあと、大切そうに眺めて、「すごい」と言いながら拍手したらしい。

「すごい」を、自分に対して使った。
達成感を、自分の言葉と動作で表現できたということ。

これも、冬の検診でギャン泣きしていたあの頃にはなかったこと。

「トイレ」と自分から伝える

給食の前後に「トイレ」と発語して、自分から知らせるようになった。
要求と報告。
自分の状態を、言葉で他者に伝える行動。

地味だけど、ものすごく大きな変化だ。

医療場面で見せた「再挑戦できる力」

最近、ソラは医療場面で、冬の検診のときとは違う姿を見せた。

冬の検診のとき

全部、ギャン泣きだった。
癇癪が強くて、ほとんど検査にならなかった日もあった。

それから2か月後の、春の検診

冬の検診から、2か月。

春の検診では、いくつかの場面で泣かずに受けられた。
全部完璧、ではない。
でも、確かに「冬とは違う」と感じる瞬間が、いくつもあった。

たった2か月で、こんなに変わるのかと思った。

さらに少し経って、学校での心電図検査

1回目は、メソメソしてできなかった。

そこで、保健の先生と一緒に横になる練習をした。
そのあと、先生ともう一度トライ。

心電図が、測れた。

「最初からできた」じゃない。
一度崩れて、クールダウンして、もう一度向き合えた。
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これがどれだけ大きなことか、自閉症児を育てた親なら分かると思う。

治療前との比較(冬の検診から最近まで)

項目:医療場面
冬の検診の頃:全部ギャン泣き
最近(治療後10か月):春の検診で泣かずに受けられた場面・心電図も練習して測れた

項目:検査への対応
冬の検診の頃:強い癇癪・拒否
最近(治療後10か月):嫌がりつつも、立て直しできる場面が増えた

項目:失敗後の立て直し
冬の検診の頃:難しい
最近(治療後10か月):練習→再挑戦→成功

項目:自発的な発語
冬の検診の頃:限定的
最近(治療後10か月):「こぼしちゃった」「トイレ」など報告増

項目:ママへの共有
冬の検診の頃:少なめ
最近(治療後10か月):「アイスクリーム!」「お家!」と見せに来る

でも、まだ変わっていないこともある

ここから先は、正直に書きたい。

「治療で全部良くなりました」という話には、絶対にしたくないからだ。

突然、走り出すこと

「落ち着いた」と言ってくれる人も増えた。
それは本当に嬉しい。

でも、やはり、直線を見つけると、本能のように走ろうとする。

これは、治療やABAだけでは届かない、もっと深いところにある何かなのかもしれない。

言葉の爆発は、まだ感じられない

幹細胞治療を検討していたとき、私は心のどこかで「言葉の爆発」を期待していた。
急にぺらぺら話し始める、みたいなイメージ。

でも、それはまだ、感じられない。

最近の発語の増え方は、爆発ではなく、小さな積み重ねだった。
「こぼしちゃった」「すごい」「アイスクリーム!」「お家!」──
ひとつひとつは小さい。でも、確実に増えている。

爆発ではなく、じわじわ。
これが、わが家のリアルだ。

「言葉と社会性が伸びてほしい」と願った私への、10か月後の答え

あの春。
私が幹細胞治療を選んだ動機は、500万円という金額でも、流行りでもなかった。

「言葉と社会性が伸びてほしい」
それだけだった。

10か月後の今、その願いに対する答えを、もし当時の自分に伝えるとしたら、こう書きたい。

言葉は、爆発はしなかったよ。
でも、確実に増えたよ。

社会性は、「ねぇ、見て」が増えたよ。
ピタゴラスでアイスクリームを作って、背中に来て、目を見て「お家!」って言ってくれる日が来たよ。

走るのは、まだ走るよ。
でも、医療場面では、失敗しても立て直して、もう一度向き合えるようになったよ。

全部が変わったわけじゃない。
でも、何も変わらなかったわけでもない。

「まだまだ諦めちゃいけない」と、思える日がたくさん増えたよ。

検討中のあなたへ

わが家では、「言葉の爆発」は感じていません。
でも、「見て」と伝えようとする場面は、確実に増えました。

この記録が、どなたかの判断材料のひとつになれば嬉しいです。

治療を決めるまでの経緯や、500万円という金額をどう考えたかは、別の記事にまとめています。
自閉症の幹細胞治療を受けた理由|500万円の決断と後悔しないために考えたこと

最後に

最近のソラは、突然走る。
言葉の爆発はまだ来ない。

でも、ピタゴラスで作ったアイスクリームを「見て!」と持ってくる。
お家を作って、目を見て「お家!」と言ってくれる。

それを「これ、会話だよね」と感じられた、最近だった。

君とたくさん「楽しい」を共有して、生きたい。

これからも、その願いを忘れずに、書いていこうと思います。

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この記事は、私自身の体験を、私の言葉で書いた記録です。同じような状況を経験されている方の、参考のひとつになれば幸いです。

※ 本ブログは個人の体験に基づくものであり、医療的な判断は必ず専門医にご相談ください。

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