同じ経験をしているお母さんに届けたくて、書きます。
あの頃、息子は「ふつう」でした
1歳半頃まで、息子には言葉がありました。
「バイバイ」と言いながら手を振って、私が歌うと顔を覗き込んで嬉しそうにしていました。お姉ちゃんと一緒にアンパンマンの歌を歌って、おままごとでお野菜を切って「どうぞ」と渡してくれて。
知らないものを見つけると「これなんだ?」と聞いてきて、絵を描くと「○○書いて!」とキャラクターの名前を言ってくることもありました。
今思えば、しっかり”やり取り”ができていた時期でした。「この子はきっとふつうに大きくなるんだろうな」そう信じて疑わなかった頃のことです。
でも、少しずつ変わっていきました
できることより、できないことが増えていきました。まるで別人のように、言葉を失っていきました。
最初に「あれ?」と違和感を覚えたのは、「うん」と「うんうん」の使い方が逆になっていったことでした。ジュースを飲む?と聞くと「うんうん」と言いながら首を横に振る。でも、あげないと泣く。欲しいはずなのに、「うん」と首を縦に動かすことができなくなっていきました。
そして最終的には、聞いてもまったく反応しなくなりました。近くで呼んでも聞こえていないようで、大きな声で呼んでも反応がなく、肩を叩いてやっと気づく。目もほとんど合わなくなりました。それまでできていた模倣もなくなり、テレビを見てもダンスを真似することはなく、ただ飛び跳ねるだけ。広い場所では、ずっと走り回るようになりました。
「手がかからなくていいね」という言葉
不安で仕方がありませんでした。ある日、友達の家に遊びに行ったときのことです。息子を見て、「テレビをすごい集中力で観てるね。うちの子と全然違って、手がかからなくていいね」と言われました。
きっと悪気はなかったと思います。でも、「違う、そうじゃない」そう思ったのに、うまく言葉にできませんでした。周りから見ると「手がかからない子」に見えている。でも実際は、呼んでも振り向かない、言葉も通じない、目も合わない。そのギャップが、余計に不安を大きくしていきました。
検索魔になった夜
そこから、私は検索ばかりするようになりました。「言葉 消失 2歳」「後退 2歳」思いつく限り、息子の状況を言葉にして検索窓に打ち込みました。すると、どの検索結果にも必ず出てくる言葉がありました。
「自閉症」
そんなはずはない。そう思いながらも、また検索する。検索して、否定して、また検索して…。その繰り返しでした。さらに調べていくと、こんな言葉に行き当たりました。
「折れ線型自閉症 予後が悪い 重度になる」
苦しくて、苦しくて、苦しかった。
診断の日
その後、病院を受診しました。最初の病院では「様子を見ましょう」と言われ、別の病院では「自閉症でしょう」と、あっさり言われました。頭では理解しようとしても、気持ちが全く追いつきませんでした。
それでも何かできることはないかと、今度は「自閉症 治す方法」と検索するようになりました。その中で出てきたのが、「ABA(応用行動分析)」という言葉でした。
これだ…。
藁にもすがるような思いでした。
ABAを始めて、起きたこと
知識ゼロからのスタートでした。本を読み漁り、動画を見て、毎日コツコツと続けました。そしてある日、気づいたことがありました。
ママの声が聞こえるようになったのです。
呼んでも振り向かなかった息子が、私の声に反応するようになった。たったそれだけのことなのに、涙が止まりませんでした。小さな変化だけど、確かな変化でした。
同じ場所にいるあなたへ
「そんなはずない」と思いながら検索し続けた夜。「様子を見ましょう」という言葉に途方に暮れた日。「手がかからなくていいね」という言葉に傷ついた瞬間。全部、覚えています。
でも、動いてよかったと思っています。迷っているなら、まず一歩だけ動いてみてください。答えは動いた先にありました。
次の記事では、ABA療育から幹細胞治療を決断した経緯についてお話しします。

コメント